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2018/01/08

2018年1月6-7日 熊野古道伊勢路本宮道

 熊野古道伊勢路は伊勢神宮から熊野速玉神社まで行きましたが、伊勢路は熊野市から熊野本宮大社に向かう本宮道が分岐しています。このルートも世界遺産に指定されている区間を含んでいます。気候は冬型がさらに強まり、鈴鹿山脈はすっかり真っ白になっているので、再び南下してこの古道をたどってみることにしました。

1日目
 熊野市の花の窟神社が出発点です。昨年末に速玉神社に向かっていたときは時間がなかったので、神社の中には入りませんでした。改めて参拝してみると、本当に大きい崖の岩そのものが神体としてまつられているのでした。日本最古の神社ということなので、神体も自然体なのでしょうか。
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 民家が並ぶ道を走っていくと、南有馬地区に速玉神社方面と本宮方面に道が分岐することを示す古い石碑があります。左が昨年末に走った道です。本宮方面は右の細い道を抜けてから国道311号に沿って山に入っていきます。
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 国道から山を見るとうっすらと冠雪しています。昨日は低気圧の通過で太平洋側でも天気が悪くなりました。紀伊半島の南側でも標高が高いところは雪になったようです。寒いはずです。
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 御浜町の神木地区から横垣峠に入っていきます。ここから世界遺産になることを示す標識が始まりました。傾斜は緩く良い感じのシングルトラックです。
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 乗って行けるところもある感じの良い古道をたどっていくと、水場である水壺地蔵に到着。ところが、ここから先は「危険立ち入り禁止」となっています。しかし、まだまだ良い道が続きそうです。行けるところまで行ってみることにします。
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 二か所ほど崩落している場所があって、これらはしっかり階段で整備された高巻き道が付いていました。
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 高巻き部分以外はしっかりとした道で乗って行けるくらいです。横垣峠に到着。熊野灘が望めます。
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 さらに乗って行けるトラバース道を進むと坂ノ峠に到着。石畳が出てきました。阪本集落までもうすぐです。ところが、突然、古道が崖で途切れてしまっています。立ち入り禁止の看板によると、地元の人たちが丁寧に修復保存してきた古道が2011年の台風で崩壊してしまったとのこと。大きな崩落で修復の望みは完全に断たれてしまったようです。看板にその悔しさが出ていました。崩落個所から少し戻れば古道の下を並行して走る舗装の阪本神木林道に出られました。この舗装路を下って阪本集落に到着しました。
 突然に途切れた石畳道と、静かな悔しさがあふれる看板です。
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 阪本集落を下っていくと田んぼの中に目立つ大岩がありました。近づいていくと、亀島の石灯籠、と判明。冬とはいえ、暖かい陽射しを浴びてのんびりと古道の史跡をたどっていくのは楽しい。
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 次の風伝峠の入口の集落にある、上野の大杉も鑑賞しました。なかなか迫力がある枝ぶりです。
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 風伝峠に向かいます。峠を越えて雲が流れてきています。ここは、朝霧が風伝峠を越えて流れ込んでくる「風伝おろし」という現象が良く見られるそうです。今日は残念ながら流れ込む霧はほんの少しでした。
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 風伝峠の登りはゆるやかでいい感じです。下りだったら乗って行けそうです。杉の梢に積もった雪が朝日に照らされて雨のように降ってきています。
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 峠は舗装路と合流して超えていきます。峠付近の杉林は雪化粧です。
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 峠を越えて日陰の北側に下っていくと、雪が路面にも積もっていました。ちょっと岩がちですが、何とか乗って下れる部分もありました。
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 国道311号に合流。熊野古道ではありませんが丸山の棚田という名所があります。実は、11月にクルマで来て鑑賞してしまったので今回はパス。今晩の泊まる場所を決めていないので、早めに歩を進めたいということで、本宮道をたどっていくことに決めました。ところが、ここからは国道311から県道780沿いに本宮道が続くはずなのですが、手元の絵地図では詳細がわからず国道に沿って紀和町板屋までくだってしまいました。ここには鉱山資料館がありました。このあたりは銅山だったそうで、京都・奈良方面の神仏にも使われたそうです。昭和に入ってからは石原産業が近代化させましたが、1978年に鉱脈が絶えて閉山したそうです。資料館の前には銅鉱石を運び出すためのトロッコが展示されていました。閉山になった鉱山はどこか恐怖感と寂寥感があります。
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 鉱山資料館の前から分岐する県道780号に沿って登っていくと、熊野古道の標識が現れてきました。本宮道はこの県道から分岐したり戻ったりしながらところどころに保存されているようです。「次の入口まで」というのは、県道から古道に入っていく入口という意味です。分岐している古道はほとんどが数百メートル程度の短いものです。
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 短いながらも石畳や路傍のお地蔵さんがあったりして、ちゃんと世界遺産にも登録されているようです。
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 さらに県道が尾根を越える標高271mの独標あたりには、明倫小学校跡地という場所がありました。周囲にはまったく人家は見えません。明治9年に開校して昭和45年(1970年)に廃校になったということで、鉱山の隆盛と関係がありそうです。
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 明倫小学校跡地から楊枝川に下っていきますが、まだ二か所ほど古道が分岐しています。その後は楊枝川に沿って舗装路を下っていくだけとなりました。
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 熊野川に出て、三和大橋で和歌山県側にわたります。ちょうど橋の中心に警察署の管轄境界標識がありました。和歌山県警と三重県警の境界線です。このあたりは蛇行する川の流れのため、県境も複雑で、奈良県が隣り合わせているだけでなく、和歌山県の飛び地もあって警察も大変でしょう。そらく水運の関連で行政を区分けすしたので、蛇行する川のために県の境が複雑にになってしまったのだと思われます。
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 三和大橋を渡ると新宮市熊野川町の日足地区です。熊野川温泉という日帰り温泉があるので、このあたりで泊まれるところはあるか聞いたところ、小口自然の家か本宮まで行ってしまうかどちらかと言われました。最終目的地の本宮に舗装路を走って行ってしまうのは気分が乗らないので、小口自然の家に行ってみることにしました。赤木川沿いに県道を登っていきます。予約なしでも泊まることができました。ここは、熊野古道中辺路の大雲取越と小雲取越の間に位置していて、古道を歩く人にとって格好の宿泊地のようです。特に外国人のハイカーがたくさん来ているようです。施設そのものは、廃校になった校舎を利用しているようで、建物の前に校庭だったと思われる広場があります。
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 小口の集落には一件だけ商店があります。ここで泡系飲み物をゲット。購入しているあいだにも、西洋人男性単独ハイカーがやってきました。店のおばさんはちゃんと英語を聞き分けて、明日の朝は8時からやっているよと説明しています。この集落の張り紙にはほとんどが英語が併記されています。世界遺産のおかげ国際化しています。
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2日目
 同宿したのは十数名でしたが、その半数近くは外国人だったようです。朝食をしっかり食べて、夜明けとともに午前7時前に出発しました。本来の目的の通り伊勢路をたどるので、日足に戻ります。国道を熊野川沿いに少しさかのぼり、瀞峡巡りのジェット船発着場の志古から万才峠に向かう伊勢路本宮道に入ります。古道は舗装林道から出たり入ったりしながら登っていきます。古道とは言いながら、普通の山道です。おそらく本当の古道は発見できていないのだと思われます。自転車としては押したり担いだりして山道を登るよりも舗装路を登る方が楽ですが、どこで舗装路から外れていくかわからないので、忠実に標識に従って登っていきます。
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 傾斜が緩くなってくると古道らしくなってきました。石垣や路傍のお地蔵さんなどが出てきました。ここは、すでに舗装路からは完全に離れて万才峠に向かっていくところです。
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 万才峠に到着。峠らしい切通になっています。ここからしばらくは急な下りでしたが、しだいに快適に乗って行けるトラバース道になりました。熊野古道伊勢路の中では上位に入る乗車率です。
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 やがて小雲取越に合流しました。この道が最高でした。これこそ、古道に期待していた道!と言いたくなるような快適な緩い下りが請川まで続きました。登ってくる人は数えるほどしかいなくて、しかもその半数は西洋人でした。もちろん、自転車から降りて歩いて道を譲りました。あとから調査すると、この快適な部分は中辺路でも特別で、小口からやってくる場合でも、石畳の急登を越えてこないとこのプロムナードには到達できないようでした。
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 快適に乗って請川に到着。伊勢神宮からの道のりを考えると、ほとんど登山道を乗るというシーンはなかったと言えますが、最後が良ければすべてよしです。中辺路も行ってみようかなーと思ってしまいます。
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 国道を走って熊野本宮大社に到着しました。自転車を駐輪して散歩にでました。神社は速水神社と同じようにきれいな外観で、あまり歴史を感じる建物ではありませんでした。初詣の人たちでにぎわっています。
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 巨大な鳥居がある大斎原(おおゆのはら)に行ってみました。昔はここに神社があったそうです。しかしここは熊野川の中州で、明治時代の洪水で神社は流されてしまったということで、現在は基礎の石垣が残っているだけになっています。神社は中洲から移転してしまったけれど、ここが、古道の本来の目的地だったということで、世界遺産の中心地と位置付けられるとのこと。移転して再建されたきれいな神社には、今も多くの人がお参りに訪れていますが、現役の大社よりもここのほうが時間を感じさせる場所でした。ただし、大斎原の入口にある平成時代に建てられたという巨大な鳥居は余計でした。
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 バス輪行で新宮駅まで戻りました。一時間ほどの路線バスの旅です。昨年末に新宮駅に来たときは夕暮れでしたが、今日はまだお昼で、明るい駅前です。
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 普通列車に揺られて有井駅まで輪行。無人駅で自転車を組み立てて、近くの花の窟道の駅に戻りました。
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 なんとか伊勢神宮から速水神社と本宮までの伊勢路を走破することができました。自転車の意義は山道よりも平地での移動の容易さにあるようです。山道で乗れるのはおまけのようなものです。しかし、担ぎと押しは我慢して、自転車の機動力を活かさないとなかなか簡単には歩きとおせない長い道でした。

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