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2017/12/13

2017年12月9-10日 熊野古道伊勢路(ツヅラト峠から羽後峠)

 先週に伊勢神宮から梅ケ谷まで走破したので、今回は後半に挑戦です。結果から話すと、前半は自転車にも良い道が多かったのですが、後半から増えてくる熊野古道のシンボルともいえる石畳道は乗れず、アップダウンも多く、かなり厳しい道のりでした。しかし、どこでもリタイアして輪行で帰ることができるというのは気持ち的にはありがたい。

1日目
 尾鷲から熊野市の間のどこかに宿泊する一泊二日の計画です。出発点の梅ケ谷駅そばの公園駐車場にクルマをデポ。夜明けの梅ケ谷駅に新宮行の列車がやってきました。寒い。
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 伊勢から紀州に抜ける峠道にはツヅラト峠と荷坂峠の二つがあります。荷坂峠は江戸時代になって開拓された道だそうです。ここは古いほうに敬意を表してツヅラト峠に向かいます。さっそくシングルトラックになりました。いい感じです。
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 急な登りも出てきて担ぎに備えて肩パッドを取り付けました。普通の山道のようです。
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 伊勢側から登ると標高差が少なくて、すんなりと峠に到着しました。朝日に輝く紀伊長島の町が見えました。
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 下りにかかると、有名な石畳道が現れました。微妙な凹凸で、複雑な形の階段となっていて、わたしの技能ではとても乗って下ることはできません。
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 明るい紀伊長島の町に下ってきました。コンビニでお弁当を買って、郵便局のベンチで朝食です。食べていると近所のおばあさんから「どこから来たの?」とか、郵便局にやってきたおじいさんから「今日は郵便局は休みだったか?」と聞かれたりします。のんびりとした田舎町です。実はわたしもおじいさんですが、少し若くなった気持ちになりました。
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 加田の入江、江ノ浦沿いに走っていきます。朝食も食べたし太陽の光も浴びてすっかり暖かくなってきました。
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 ここから熊野市まではリアス式海岸沿いなので、峠の連続です。二つ目の峠は一石峠。登り口は普通のダート林道ですが、お地蔵さんがいて、古道らしさを醸し出しています。古道沿いにはたくさんのお地蔵さんが迎えてくれますが、ほとんどにお供え物があります。
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 シングルトラックを押したりダート林道を登ったりで、小さめの一石峠には楽に到着しました。下りはダート林道でした。自転車向きです。
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 古里地区から道瀬地区へ行く道は峠ではありませんが、崖っぷちを巻いていく遊歩道です。岩を削ってこしらえたのでしょう。明るくて気持ちが良い道ですが、重機が無い昔に作ったと思うと、難工事だっと思われます。
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 海を眺めながら走っていくことができて楽しい道です。
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 次は三浦峠。登り口からいい道の予感です。
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 歩きやすい道を押して登り、切通の峠に到着しました。
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 下りも乗って行ける快適な山道でした。シングルトラックというにはやや広めで快適でした。
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 流されてしまっていた橋を江戸時代の構造のまま復元したという熊ヶ谷橋に到着しました。ここからさらに少しダートを走って三浦地区に出ました。
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 並走する紀勢本線の三野瀬駅に寄ってみました。無人駅ばかりですが、トイレが完備していて古道を歩く際には良い休憩ポイントになっています。
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 次は始神峠です。始神さくら広場の横からダート林道に入っていきます。新宮までまだ82kmもあります。
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 林道はすぐにシングルトラックに変わり緩やかに登っていきます。途中で後輪タイヤの空気圧が減っていることに気が付きました。道理で路面にしっかりタイヤが食いついて登っていくことができました。しかし、明らかにスローパンク状態です。チューブを引っ張り出してパッチを当てて修理。
 道は峠に近づいて少し急になったものの、たいしたことはなく峠に到着しました。また楽しい下りが期待できそうです。熊野古道は自転車にいいなーと、ここまでは思っていました。
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 峠から少し下ると江戸道と明治道の分岐に到達しました。江戸道は急坂で下ってすぐに国道に出てしまいます。明治道は車馬が通れるように作られたとのこと。ここは絶対に明治道です。
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 期待通りの快適な、幅広めのシングルトラックです。鴨が水面をのんびりと泳いでいる宮谷池を見ながら下り、馬瀬の里に出ました。
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 馬瀬からはしばらく平らな道が続きます。峠道が続いたので、民家の間の舗装路を走るのも新鮮です。今年の夏に林道を登り粟谷小屋から大台ヶ原に向かった往古川を渡りました。古道、国道、線路が並行して走っているのんびりとした区間です。海は始神峠を越えたところで山一つ向こうになってしまっているので見えません。山里を走っているようです。
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 さらに走っていくと、スーパーヤマショーに到着。地元で捕れた魚をたくさん売っていました。スーパーの斜め向かいには木造校舎の小学校。レトロ感満載です。
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 相賀地区の中心地を抜けて国道の銚子橋の手前で銚子川沿いの道に入ろうとしたら通行止めです。熊野古道はこの道を通り、便ノ山橋を渡って馬越峠に入っていくのですがいけません。仕方なく国道を走って峠の入口に向かいました。
 峠の入口は今までの峠とちょっと違う雰囲気です。複数の軽装のカップルが散策がてら石畳道を登っているのです。
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 どうやら、とても立派な石畳道が目当てのようです。確かに大変な苦労をして作ったと思われる立派な石畳ですが、自転車にはちょっと....。カップルが引き返していくあたりまでくると、傾斜も急になってきました。
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 担ぎも交えて登っていくと、再び後輪タイヤの空気圧が減っています。もうチューブごと交換してしまうことにします。たくさん峠を越えてきて疲れもたまってきました。時間はもう午後2時を回っています。休みがてらにパンクを直します。ちょうど林道と古道の交差点でベンチも用意されています。
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 担いだり押したりしながら石畳道を登り、馬越峠に午後3時前に到着。もう夕方になりつつあります。峠から少しだけ乗れるところがありました。
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 しかしほとんどが石畳の下りで乗れませんでした。道幅は広いので押しが楽なことが救いです。
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 東屋から尾鷲の町を見渡すことができました。火力発電所の煙突が象徴的です。ついに、尾鷲に自転車でやってきた、と思ったりします。
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 事前の調査によると、尾鷲市街での宿泊は民宿よりもビジネスホテルのほうが多いようです。町中を走り回って、今晩の宿泊先を決めました。チェックインして荷物を部屋に置いて、再び自転車で買い物に出かけます。スーパーのイオンを発見。スーパーダイショーのような素朴さはありませんが、四日市と同じ品ぞろえで食糧品の買い出しができました。

2日目
 午前7時にホテルを出発。熊野古道伊勢路一番の難所という八鬼山越えから始まります。昨日ほどは冷え込んでいません。海が近いせいでしょうか。梅ケ谷は山あいでしっかりと冷え込んでいました。まだ眠っている尾鷲市内を抜けていきます。
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 八鬼山越え登り口の向井集落から振り返ると、大台ヶ原方面は雪で白く輝いています。もう紀伊半島の山も冬に入ってしまいました。
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 入口からいきなり石畳です。さすが、一番の難所というだけあって、むかしはしっかり整備したようです。
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 だんだんと傾斜が急になってきて、石畳は石段と同じになってきました。なにしろほとんど標高ゼロメートルからスタートして八鬼山647mまで登るのだから、いくら海が近いといっても標高差から考えると立派な山登りです。朝から担ぎであえぎ始めました。
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 道沿いにはたくさんの表情豊かなお地蔵さんがいて、息抜きになります。それでも、つらい登りであることには変わりなし。
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 九木峠に到着。ここは有名な九鬼水軍がいた九鬼の集落に下っていく道の分岐点です。左にいくと九鬼で右に行くと三木里とのこと。
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 ここからさらに登って行くと、荒神堂に到着。むかしの人はこの標高差を登ってお参りをしていたそうです。太平洋戦争時はここまで登って武運長久を願ったそうです。信仰の力は強い。
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 今日は曇っていてあまり眺望が良くなく、やっとたどり着いた八鬼山では休憩もそこそこにして下りにかかります。予想通り石畳道で乗れません。しかし、明治道があるので、昨日までの経験からここは乗れるだろうと期待に胸を膨らませていきました。
 ところが分岐点には、明治道は世界遺産でもないし整備もしていないから危ないとのこと。入るなとはっきりは書いてありませんが、無理して通って事故を起こしたら責められそうな勢いです。ここはあきらめて江戸道を下ることにしました。
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 案の定、石畳で乗れません。その上、近畿自然歩道にも指定されているらしく、石畳が無い区間は階段がしっかり作られていました。
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 さらに下っていくと、杉林に「反対」の文字があります。何かと解読すると、どうやら世界遺産指定に反対しているらしい。なぜ反対するのかは書いてないのでわかりませんが、地元の人は悲しんだりしているらしい。どんな話にも賛成と反対があるんだと認識。しかし、反対が表明されていたのは、伊勢神宮からここまでの区間ではこの地点だけでした。
 あとから調べてみると、地元住民と行政の行き違いが発端だったようだ。狩猟を禁止したり伐採を禁止してしまうのは明らかにおかしい。生活がかかっているのだから。世界遺産に指定されたからといって、それで生計が立てられるほどの観光振興になっているようにも見えない。こういったことも世界遺産の影にはあるのだとわかりました。
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 八鬼山越えは最後まで石畳で終了しました。
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 名柄一里塚から三木里の間にも、石畳の古道がありました。傾斜が緩いので乗れる部分もありますが、やはり自転車向きではありません。
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 三木里の海岸に到着。再び標高は限りなくゼロに近づきました。尾鷲を午前7時にでて三木里に着いたのは午前11時半。しっかりと4時間半もかかってしまいました。自転車は全然加速要因にはなっていません。それどころか、ちょっと足を引っ張っていたようです。あぁ、朝から疲れた。
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 三木里からも峠道が続きますが、昨日と同じであればそれほどの標高差はなく、快適な道で乗って行けるはず。ところが、その期待は大きく石畳に阻まれました。ヨコネ道という峠を越えるわけではない巻き道程度の古道部分でも、しっかりと担がされました。
 写真はヨコネ道の次の三木峠への登り口。石畳というよりは、石の階段がしっかりとついています。担いで登るしかありません。ふぅー。
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 三木峠に到着。もうお昼をとっくに過ぎています。少し天気が良くなってきて明るくなってきたのがせめてもの慰めです。大休止として、お湯を沸かしてカップ麺の昼食休憩を取りました。展望台がありますが、リアス式の海岸もだんだんと見飽きてきました。
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 三木峠を下ると古江集落の端に出ますが、すぐに羽後(はご)峠の登りに入ります。またまた石の階段のお出迎えです。
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 羽後峠は緩やかな峠であると看板に書かれています。その通りの下り道で、今日の行程では最も乗れた部分になりました。やっと自転車を担いできた苦労が少しだけ報われました。
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 羽後峠から賀田の集落に下ってきました。もう、だいぶ日が傾いてきています。時間は午後3時に迫っています。この先は曽根から、曽根次郎坂太郎坂という坂がきつそうな名前がついた峠を越えて二木里に向かう道です。明るいうちに二木里駅にはつけないと判断して、今回は賀田駅から輪行で帰ることに決定しました。
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 上り列車までまだ時間があるので、曽根まで走っていき峠の登り口を確認しに行きました。新宮まで42kmの地点まで迫ってきましたが、まだ熊野市までにはいくつかの峠を越えなければなりません。熊野古道伊勢路の完走にはもう一回の挑戦が必要です。
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 賀田駅に戻り輪行準備をして上り列車を待ちます。陽がかげってくると急に冷えてきます。周囲にはお店はありませんが自動販売機はありました。暖かいコーンスープがありがたい。
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 梅ケ谷駅にはすっかり暗くなって到着。クルマはちゃんと待っていてくれました。熊野古道侮りがたしです。自転車をクルマに放り込んで、空いている国道42号線を走って帰りました。アー疲れた。次回は新宮の熊野大社にお参りできるでしょうか。

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コメント

「石畳にはフルサスをおすすめします」
でも押し担ぎが・・・。大丈夫、楽しいことだけが記憶に残りますから・・・。

投稿: Tさん | 2017/12/21 16:26

最近は、なぜか乗れないとTさんのフルサスが脳裏にちらちらします。病気でしょうか?

投稿: Zen | 2017/12/27 20:30

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